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TAKASHI TSUDA / hofli WEB SITE

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hofli 『LOST AND FOUND』

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hofli『LOST AND FOUND』2013年、RONDADEよりリリース。
試聴はこちら

hofli『LOST AND FOUND』全15曲入り

all tracks improvised, processed, composed, recorded, mixed and edited by hofli / Takashi Tsuda between 1997 to 2013
hofli played electric & acoustic guitars, steel pan, sound objects, soundscapes, electronics, max/msp programming
mastered by Hiromits Shoji at sara disc on 24th may 2013
artwork designed by prelibli


*
胸がざわざわしている
そう ほんとうはあれはこんなふうに流れでていったんだ
静寂に横たわる からだのあちこちから気泡が天井に上がって ちいさな水の輪が幾重も

花衣(モデル)

*
hofliの前作『雑木林と流星群』が眼を閉じて外に耳を澄まし、そこに結ぶ景色を浮かび上がらせたのに対し、今回の『LOST AND FOUND』は眼を開き外を見つめながら、内へと耳を凝らし、血流の脈動や神経の高鳴り、思考や感情の移り変わりを音のつぶやきとしてとらえている。だからそこに風景が結ぶことはない。寄り添うべき枠組みはなく、代わりに五感を触発する響きが戯れ、聴き手は一人ひとり景色のない物語を編み上げることになる。指先に触れてくる電子音、鼻腔をつんとくすぐるギター、がらんとした空間に滲む暗さ、枯れ葉を踏む足音の向こう鳥が囀り、ゆっくりと日が暮れていく。ぜひ窓を開けて、外から入り込んでくる音とともに聴いてほしい。

福島恵一(音楽批評)



各曲覚書

1.
当初、植物園を舞台とした(架空の)映画のサウンドトラックとして仕立てようという構想があり、この曲はその名残である。植物学者が森に分け入っていく後ろ姿、この導入のシーンから映画は始まり、植物学者をめぐる物語が淡々と綴られていく。なぜ植物なのか。今年春に訪れた南方熊楠の資料館のイメージがあったのかもしれない。思いもかけない方向に繁茂し生成していく矛盾と複雑系のエネルギー。しかしこのイメージは「LOST AND FOUND」というテーマの中、全体像が掴めない断片の集積という方向にまとめられることになった。最後のフェイドアウト部分で微かに聴こえる熱帯鳥の声は、今は閉館してしまった井の頭自然文化園の温室にて録音したものである。

2.
とあるコラボレーションのために用意した音素材に、新たに水の入ったガラス瓶の音を加工して再構成した。シーンは植物学者の研究室だろうか、おびただしい実験器具が並び、試験管からは気泡が浮かび上がり続ける。そこから何かが始まるようなオープニング部分の音響を意識している。研究室の磨りガラスの窓に映る空の色は、研究に没頭した夜明け前だろうか。

3.
このアルバム中、最も古い音源のひとつ。その頃ぼくは阿佐ヶ谷のアパートに住んでいて、体験型インスタレーションを作るユニットの構想を練っていた。ある日、誰もがやるようにギターをハウリングさせたりエフェクターを数珠つなぎにしたりして変わった音を出したりして遊んでいた。根を詰めて作業をしてふらふらになって寝転がると、少し開けた窓の隙間から積乱雲が見えた。

4.
たしかボサノヴァのコード進行が気になって、7thや9thを多用した幾つかのコードの組み合わせを演奏し、またギターの音の断片を加工して重ねて作った。心地よい不安だとか、甘美な居心地悪さだとか、そんな相反することに興味があったころの作品。当時この曲のデモを竹村延和氏に送ったところ、きちんとハガキでお返事をいただいたのだが、音源は今の今まで引き出しの奥で眠ったままであった。

5.
これも相当古い音源である。電池駆動の小さなおもちゃのアンプを、ギターのブリッジ部分に引っ掛けてハウリングさせて遊んでいた。放っておくと共振し始める弦がいくつかあることに気づき、それを順々にミュートしながら演奏した。その音源を素材に、また何重にもエフェクトをかけて徐々に形成していった音響彫刻のようなものである。この音は、僕にはなぜか深山幽谷の気配を感じさせる。霧が流れ、時折緑深い山肌が見える。

6.
日常の中の名付けようもない違和感や気持ちの暗がり。閉ざしたカーテンに、空を横切る鳥の影が映る。ブナの林に囲まれた、サナトリウムの退屈さ。これはアルバムの制作中盤になって録音した曲で、オープンチューニングのギターをぼろんと弾いてできたものだ。映画の登場人物が退屈しのぎにギターを弾いている場面を思い浮かべたのだが、いかにもそんな感じにヘタクソなのが気に入っている。

7.
どこで録音したか忘れたが、かなりの低域まで拾っていた。

8.
古いビルに友人が構えていたアトリエの螺旋階段で録音したものである。螺旋階段、なんという魅力的なイメージだろう。友人たちに協力してもらって、音は螺旋を描きながら四階に上っていき、また螺旋を描きながら降りてきた。それは沈みゆくタイタニック号の中で輪舞しているような、誰もいない研究室のひんやりと澱んだ空気のような、不安定なあまやかさを含んだ時間だった。max/mspによるサウンドプロセシング。

9.
作業工程は覚えていないにもかかわらず、制作時の匂いのようなものがそのままよみがえってくるのだ。

10.
とあるギャラリーで演奏した曲。ライブの記録ではないが、古いハードディスクに保存されていた元の素材を使って仕上げたものである。鉱物界を旅するようなイメージだが、音源はギター。その頃から、シンセ音源を使う発想がなく、手近にあるギターの音をリアルタイムにいろいろ加工するのが好きだった。

11.
はじめての海外旅行で行ったロンドン。地下鉄の通路を歩いているとカリビアン移民達のバスキングに出会う。スティールパンが反響し、地上に出ると都会の喧噪に混じって教会の鐘の音が聴こえてくる。聞き慣れない異国の音風景に感動して夢中でフィールドレコーディングしていた。この曲はフィールドレコーディングのように聴こえるが、そのときの心象を再現するように自分で演奏し、その後ライブで訪れたローザンヌで録音した音風景とミックスしてある。裏テーマは「はじめての海外」。

12.
「失われ、発見された音源」とだけ記しておく。

13.
夏が終わってしまうという焦燥感なのか、幼い日の夏休みの朝のラジオ体操の倦怠感なのか。窓を狭く開けて外の音を聴いているような音像にしたくて、サウンドスケープはほぼモノラルに定位させたのだった。とある映像作品のために作った音源であるが、最終的に使われたのかどうかは知らない。

14.
我が家の古い冷蔵庫のうなりが日ごとに酷くなっていた。その冷蔵庫のそばでギターを弾くと、うなりと干渉して倍音が発生することに気づいた。それを元にギターのリフを考えてよく弾いていた。そこにアコーディオンとギターのフレーズを重ね、元のリフを引き算したものが、前作『雑木林と流星群』に収録した「暖炉と霜柱」であり、これはその引き算したほうの元のリフを仕上げたものである。したがって「暖炉と霜柱」と重ねてプレイすればまた別の曲になるはずなのだが、、、自分でも試してはいない。エンディングの音は、あるプロジェクトのために、とある工場跡の廃墟にて録音したもの。

15.
石垣島にてフィールドレコーディングした音源をmax/mspでプロセス。梅雨時の亜熱帯の湿気を含んだ潮風の匂い、夜明け前の群青の空。珊瑚砂の浜辺で、ぼくはレコーダーを回して息を澄ませていた。ふと、足元にガラスの欠片が転がるような音が聴こえはじめた。星明かりでよくよくみると、無数のヤドカリが歩き出したのだった。禍々しいばかりの生物の気配に息を呑む。やがて夜が明けはじめ、空は急速に藍が色褪せていった。この曲自体は、映画のエンディングとして冒頭のシーンと呼応するように意識して仕上げた。

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by hofli_works | 2013-10-21 19:57 | hofliの作品