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cookin'『食卓』

録音、フィールドレコーディング、ミキシングを担当しました。
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作品紹介ページ 試聴可!

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cookin'『食卓』制作ノート(津田)

語ることは、時に不粋である。特に、自分の仕事について、あるいは音については。
だが、制作メモのようなものを書くことは私にとっては重要である。というのも、音のイメージを具体化する上で言語は重要であり、また言語的なイメージから私達は逃れられないからである。だとすれば、制作メモを公表することも、あるいは聴取の喜びに結びつく可能性があるのかも知れない。というわけで、ここでcookin'ファーストアルバム『食卓』(註:1)の、主に「音のジオラマ」というアイデアに関することを書いておこうと思う。

『食卓』の録音は、2005年早春に始まった。
録音初日のこの日、「草笛の音」「屋根の上」という、アルバムの冒頭と最後を飾ることになる曲を録音したと思う。
たまたま台所の蛇口がゆるく、シンクに落ちる水滴の音が、まだ寒い午後に親密で穏やかなニュアンスをもたらしていた。冷蔵庫が時々うなりをあげていたのでコンセントを抜き、壁掛け時計の針を停めて、すなわち我々は時を忘れて録音に没頭した。蛇口は相変わらず水の滴りを奏でていたが、これにはむしろもう一本マイクを立てて、ミックスの段階で加えることにした。
この時はまだ、曲間に「おやつ」と称するコラージュを差し挟むアイデアも、全体をラジオドラマ仕立てにサウンドスケープでつなぐアイデアも(これらが「音のジオラマ」と呼ばれることになるアイデアだ)生まれてはいなかった。それどころか、我々が取り組んでいる一連の作業が、アルバム発表に至るという予感すらなかったのである。

毎週日曜日に集まり、石神井の静かな一角にある藤家の食卓を囲んでの録音作業は始まった。
食卓に録音機材を並べマイクスタンドを立てて、藤家の居間は即席の録音スタジオとなったが、フィールドレコーディングの延長のように、部屋の響きごと一発録りするという趣向は当初から変化しなかった。楽曲の演奏自体には一切のオーバーダビングは加えておらず、全てcookin'の三人(註:2)による演奏を一発録りしたものである。私は、演奏の各パートをどう処理するかということよりも、まず第一に、食卓を囲んだ演奏と周囲の空気をまるごと閉じ込めようとすることに意識を注いでいた。民家の居間で演奏している空気感、その合間にふと障子を横切る鳥の影、飛翔する想像の風景、そんなものを我々は愛した。
そうして季節は廻り、春らんまんの陽気の中、録音は進んだ。

やがて楽器にもマイクロフォンにも条件の悪い梅雨へと差し掛かった。
「公園通り」を録音した日、ひどい湿気で、ちょうどテイク1をプレイバックしているときに雨が降り始めた。私は咄嗟にアンビエンスを一本窓の外に向け、そうやって演奏とともに収録された雨の音も含めてミックスした。
すっかり錆びてチューニングが合わなくなった菊川のピアニカのリードを交換したのもこの時期だったと思う。湿気のせいで熊谷が歌えず、ただみんなで酒を飲んだだけで一日が終ったこともあった。だが、そうした時間も今にして思えば必要だったのだ。とつとつと語られた細々とした事柄がこのアルバムに吸い込まれて、ひとつのトーンを作り出しているようにも思えるのだ。

cookin'主催、夏の恒例イベント「路地裏の夜」にて、ミックス済みの3曲をCD-Rで販売することになった(註:3)。この段階で「音のジオラマ」というテーマがメンバーの口から出、明確化したと思う。録音時に収録した音の風景に加え、それまで私が録り溜めていた、地下鉄や居酒屋の雑踏、波や風の音、蝉や虫の声、その他あらゆるフィールドレコーディングのアーカイブを整理し、曲が持つ風景にそってコラージュしていった。「さばの味噌煮」(註:4)における魚屋のダミ声は半ば冗談のようなものだが、マスタリングをお願いすることになる庄司氏がクスッと笑ってくれた(註:5)ことは我々に安心をもたらした。「銀の車輪」冒頭のドアの閉る音は、我々のホームグラウンドであるカフェ、ひなぎく(註:6)の古い木の扉の音である。ひなぎくと言えば、「屋根の上」の最後の一音が静まり、わずかの沈黙を隔てて「草笛の音」のメロディーがリフレインする。これは、既にミックスを終えていた「草笛の音」をひなぎくで実際にBGMとして流してもらい、私はカウンターのいつもの席にレコーダーを仕掛け、ある夜のひなぎくの気配と、窓のすぐ外を駆け抜ける中央線の列車の音とともに録音したものである。これをアルバム全体の編集の最終段階で加えることにした。

いつまでも終ることのない試行錯誤の日々、それでも我々は楽器を演奏する愉しみを失わなかった。
録音の緊張感の合間には、誰かが適当に思いついたフレーズを、リラックスして弾くともなく弾くのが常であったが、そこには楽曲としての体裁が整う前の生々しさがあった。私はこれをこっそり収録していて、のちに編集しサウンドスケープを重ねて、曲間を彩る「おやつ」となった。
玉川上水の木々のざわめき、江ノ島へ向かう電車、団地の空き地の虫の声、石神井池の畔の茶屋、夏の終りの裏山、四面道を吹き抜ける乾いた風、冬の善福寺川公園、どれも我々の生活とともにある風景であり、そんななかでcookin'の音楽も生まれたのである。「おやつ」は、そうした生活の痕跡のようなものだ。

最後に録音したのが、一部で好評の「抜け道」だったと思う。
台所の片隅に熊谷は陣取り、玄関脇の部屋に藤のピアニカ、風呂場に菊川のハーモニカが配置された。我々は一番長いキャノンケーブルを引き回し、私はそれぞれの部屋鳴りを個別にモニタしてからレコーダーを走らせた。演奏者同士の距離が離れて、お互いに目配せが通じない不安が、曲に不思議な奥行きと揺らぎをもたらした。わたしはピアニカとハーモニカのフレーズをハードディスク上にコピーし、ギター用のマルチエフェクターに送って数種類の音響をこしらえ、これに蝉の声とセスナ機のうなりを重ねてイントロとした。

最後になってしまったが、私の拙いミックスによるばらつきを整えてくれたマスタリング・エンジニアの庄司広光氏に感謝したい。
このアルバムの音が、少しでも聴取者の耳に浸透しやすくなったのは、稀代の音職人としての庄司氏の労に拠るところが大きい。
そぼ降る雨で艶やかさを増したツツジの花と新緑の季節、cookin'全員で氏のスタジオを訪れた日のことを、今も鮮やかに思い出す。
録音開始からおよそ三年弱(註:7)、アルバム発売から一年余りにもなるというこの時期に、今さらながら制作時の模様をこうして文章化することを、私は後ろめたく思う。だが、cookin'『食卓』を手にされた方が、音を聴きながら制作時の様子を想像して愉しんでいただけるとすれば、私にとっては小さな救いである。

(2007年12月、津田記)


(註:1)
2006年10月、ヤマダプロダクション/瞳キラキラディスクズより発売。定価2300円。タワーレコードほか都内カフェや雑貨店等でも購入可。
お問い合わせ先
cookin' 
ヤマダプロダクション 

(註:2)
私が演奏にも参加するようになったのは、このアルバムが完成してからである。セカンドアルバムに収録予定の「クローゼット」「引っ越しポルカ」「風の散歩道」「根っこ」などは『食卓』ミックス中に既に熊谷が原形を提示、アレンジは4人編成で行なった。

(註:3)
この三曲入りシングル盤は『おつり』というタイトルにて200円で販売、イベント入場料1800円のおつりとして配付もするという、人を喰ったものだった。50枚限定であっという間に完売。アルバムとは別バージョンの「音のジオラマ」が入っており、ファンの間ではコレクター的な価値があると言われているという噂は残念ながらまだ耳にしていない。

(註:4)
ピエール・バルーの『ca va, ca vien』の音訳カバー。発売時に著作権使用許諾という未知の課題をクリア。のちに私は石垣島にてバルー氏に偶然遭遇。氏は大変喜んでくれたが、まさか「ca va」が「鯖」という冗談には気付いていないと思う。

(註:5)
まだ発売元は決まっていなかったにもかかわらずマスタリングをお願いし、とりあえずの顔合わせをした。この日、cookin'の音源をひととおり聴いてもらったあと、庄司氏の『instincts and manners of soundworm』(2007年、360°recordsより発売。名盤、必聴!)の音源を聴かせていただき、一同衝撃を受けた。

(註:6)
荻窪にあるギャラリーカフェ。cookin'が熊谷と菊川の二人組であった時期に何度かライブをしており、その音楽性に衝撃を受けた藤が加入、トリオ編成となる。『食卓』のジャケット写真はひなぎく店内風景である。

(註:7)
録音自体には半年余りの時を要した。録音と同時にミックスには取り掛かっていたが、全曲録音終了から全体のミックス終了、発売元決定、マスタリングまでに要した時間は約半年、発売までさらに半年である。





























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by hofli_works | 2011-12-30 14:17 | その他の参加作品
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